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私の仕事は、葬儀専門の司会です。

先日は特養老人ホームの集会所での、90代後半の女性の式でした。

通夜から入ったのですが、葬儀社の社長さんと喪主さんが知り合いのようで、お家の方たちもフランクに会話をされてリラックスした雰囲気の中ナレーションのために、故人さんのお話を聞かせて頂きました。
それはそれは波乱万丈な、ある一人の女性の物語を…。

喪主さんのお母さんである故人さんは、裕福な家庭で生まれ育ったお嬢様でしたが、幼少時代3年間 戦時中に中国の満州に渡り、日本へ引き揚げてから両親が亡くなるという悲劇に見舞われ、弟さんと二人、親戚に預けられながら苦労して成長されました。

結婚されたものの、ご主人は新婚半年で出兵し、故人さんのお腹のの子の顔も見ることなく戦死…。以来、娘さんを抱えながら、戦後の混乱期、行商の仕事をされながら母ひとり子ひとり必死で生きてこられたそうです。

そうして数年がたった昭和25年に近畿地方をジェーン台風が襲い、その被害に遭った母子は、仮住まいの長屋で、ある親子と運命の出逢いをします。それは、後に家族となる父と男の子でした。

再婚し、新しく始まった大阪での家族4人の生活。頼れる人ができて、きっとホッとされた事でしょう。やがて息子さんのお嫁さん、お孫さん…と同居家族が7人に増え、市営住宅に肩寄せ合いながら、笑顔に溢れた沢山の思い出を紡いでこられました。

喪主さんである娘さんは『たとえ血が繋がらなくても、私たちは立派な家族でした。仲良く、助け合って生きてきました。でも、それはきっと母の人柄のお陰だと思います。母はいつも辛抱強く、皆に平等に優しく、分け隔てなく、皆を深い愛情で包んでくれました。母を知る誰もが、決して人を悪く言わない母の心を見習いたいと言いました』と涙ながらに話されていました。

人一倍さみしく苦労をされてきたからこそ、人の痛みがわかり、家族を大切に思いながら生きてこられたのでしょう。

まるでドラマのようなその波乱万丈な人生をお聞きしてあらためて故人さんのお顔を見ると、その優しい顔はまるで仏さんのように見えてきました。
『母の人生、この機会に子どもたちや親戚にもちゃんと知っておいてほしいから、ナレーションぜひお願いします』と言われ、いざ開式。

皆さん・・・涙されていました。あまり自分の話をされていなかったようで、何人かは知らなかったこともあったみたいで、驚きの声も…。

皆さん口々に『おばあちゃん、ありがとう、ありがとう』と涙ながらにお別れをされ、出棺しました。

少しでも、こうして愛する人を見送る人たちの手助けができて嬉しいです。
ナレーションがなかったら、みんな知らずにいたかもしれない…。おばあちゃんの子どもの頃のこと、若い頃の苦労、戦争を必死で生き延びたこと、だからこそこうしてみんなの命が今あること…。

夏の終わりのお別れ。その空は澄み切っていて、どこかからかすかに聞こえる虫の音が、さみしげでした。

とても印象に残るお別れでした。

心よりご冥福をお祈りします。合掌。

著者プロフィール Mariko(マリコ)

4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。

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Marikoおくりびと日記(葬儀専門司会者の思い)
私の仕事は、葬儀専門の司会です。 先日は特養老人ホームの集会所での、90代後半の女性の式でした。 通夜から入ったのですが、葬儀社の社長さんと喪主さんが知り合いのようで、お家の方たちもフランクに会話をされてリラックスした雰囲気の中ナレーションのために、故人さんのお話を聞かせて頂きました。 それはそれは波乱万丈な、ある一人の女性の物語を...。 喪主さんのお母さんである故人さんは、裕福な家庭で生まれ育ったお嬢様でしたが、幼少時代3年間 戦時中に中国の満州に渡り、日本へ引き揚げてから両親が亡くなるという悲劇に見舞われ、弟さんと二人、親戚に預けられながら苦労して成長されました。 結婚されたものの、ご主人は新婚半年で出兵し、故人さんのお腹のの子の顔も見ることなく戦死...。以来、娘さんを抱えながら、戦後の混乱期、行商の仕事をされながら母ひとり子ひとり必死で生きてこられたそうです。 そうして数年がたった昭和25年に近畿地方をジェーン台風が襲い、その被害に遭った母子は、仮住まいの長屋で、ある親子と運命の出逢いをします。それは、後に家族となる父と男の子でした。 再婚し、新しく始まった大阪での家族4人の生活。頼れる人ができて、きっとホッとされた事でしょう。やがて息子さんのお嫁さん、お孫さん...と同居家族が7人に増え、市営住宅に肩寄せ合いながら、笑顔に溢れた沢山の思い出を紡いでこられました。 喪主さんである娘さんは『たとえ血が繋がらなくても、私たちは立派な家族でした。仲良く、助け合って生きてきました。でも、それはきっと母の人柄のお陰だと思います。母はいつも辛抱強く、皆に平等に優しく、分け隔てなく、皆を深い愛情で包んでくれました。母を知る誰もが、決して人を悪く言わない母の心を見習いたいと言いました』と涙ながらに話されていました。 人一倍さみしく苦労をされてきたからこそ、人の痛みがわかり、家族を大切に思いながら生きてこられたのでしょう。 まるでドラマのようなその波乱万丈な人生をお聞きしてあらためて故人さんのお顔を見ると、その優しい顔はまるで仏さんのように見えてきました。 『母の人生、この機会に子どもたちや親戚にもちゃんと知っておいてほしいから、ナレーションぜひお願いします』と言われ、いざ開式。 皆さん・・・涙されていました。あまり自分の話をされていなかったようで、何人かは知らなかったこともあったみたいで、驚きの声も...。 皆さん口々に『おばあちゃん、ありがとう、ありがとう』と涙ながらにお別れをされ、出棺しました。 少しでも、こうして愛する人を見送る人たちの手助けができて嬉しいです。 ナレーションがなかったら、みんな知らずにいたかもしれない...。おばあちゃんの子どもの頃のこと、若い頃の苦労、戦争を必死で生き延びたこと、だからこそこうしてみんなの命が今あること...。 夏の終わりのお別れ。その空は澄み切っていて、どこかからかすかに聞こえる虫の音が、さみしげでした。 とても印象に残るお別れでした。 心よりご冥福をお祈りします。合掌。 著者プロフィール Mariko(マリコ) 4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。