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私の仕事は、葬儀専門の司会です。

おくりびとをしていて、時に、心洗われる式があります。

先日は、複雑な家庭事情のある故人さん。70代で亡くなり、少ない人数の家族葬でした。
死別された前妻の子供さん達とお孫さん達。そして、今の奥さんと、そのお子さん。

皆さん静かに、和やかに、故人さんを一緒に囲んで。

お孫さんの一人が、おじいちゃんへの手紙を読みました。お手紙を入れたいというご希望を遺族さんとの打ち合わせで聞き、よければ読みませんか、と提案したら、最初は恥ずかしがっていたけど、一人の小3位の女の子が読むことに(私は、無理のない程度でですが、できるだけ子供さんには拝読をお勧めしています)。
式辞のどこでそれを入れるか思案し、家族葬なので式半ばではなく、棺の蓋を開けてお別れの手前で、おじいちゃんに向かってスタンドマイクを立てました。
心のこもったお手紙を、背筋をピンと伸ばして立派に読んだお孫さん。皆さん目を細めてましたが、一番誇らしく思い喜ばれたのはきっと故人さんでしょう。

この仕事をしていると、時に、いがみ合っている家族の様子を目の当たりにしたり、揉めている場面にも遭遇します。
例えば、兄弟で意見が激しく食い違う、頼りないと喪主さんを兄弟が責める、子供がお母さんを黙らせる、田舎の親戚がやたら口を出してくる、血縁関係の複雑な確執、生々しいお金の話、etc…。内容はさまざま…
一度など、お母さんの式で若い兄弟が揉めて喧嘩、喪主である長男さんが通夜前にプイとどこかに行ってしまい、結局次男さんが代理をつとめ、長男さんは葬儀にもお別れにも顔を見せなかったこともありました。

身内が亡くなり、ただでさえ非常事態。動揺もし、普段我慢していた感情が噴出するのかもしれない。でも、やっぱりお別れの時は、故人さんとちゃんと向き合って欲しいといつも思います。

つまるところ『この様子を見て故人さんが果たして喜びますか?』『安心して旅立てますか?』ということです。色々な事情や背景はもちろんあるでしょう。『他人のあなたに何がわかるか』と言われようとも(言われた事はありませんが)、私の仕事は、ちゃんとお別れをして頂くこと。お別れは一度きり。できるだけ後悔のないように、厳粛な気持ちでやはり送ってほしいと望んでいます。そのために、お手伝いしたいのです。

先日の式では、数人の小学生のお孫さんみんな行儀よく、きちんとされ、おじいちゃんとのお別れをちゃんとしていました。みんな素直で綺麗な瞳の子供たちで、その子供さんの親御さんもやっぱりきちんとした方で、だからその親である故人さんも、きっとやはりきちんとされた方だったんだろうなぁと想像しました。
物静かな、奥さんである喪主さんも、後妻として少しなんとなく遠慮がちにされるも、皆さん気持ちひとつに、心をこめて送られました。

いよいよ最期は、皆さんに『言葉をかけて差し上げて下さい』と呼びかけましたら、次男さんがスッと歩み寄り、大きな日に焼けた手のひらでお父さんの顔を包み込み、長い間、みつめながら、さすりながら、何度も言葉をかけていました。
『もう何も心配せんでええで。後のことは任せてな。心配やろけど…。ほんまに、お疲れさま、ありがとう』

傍でそれを見守りながら、あぁ、なんて幸せなお父さんだろう…と、胸震えました。

人は、やっぱり最期はお金や名誉やステイタスではない。
どれだけ周りの人を大切にしてきたか、どんな風に生きてきたか、それがストレートにあらわれる。
あらためてそう思いました。

心よりご冥福をお祈りします。合掌。

私の仕事は、お別れのお手伝いをしながら、このように感動を貰えるお仕事。素晴らしいです。

著者プロフィール Mariko(マリコ)

4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。

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https://memories-in-time.net/wp-content/uploads/2014/12/sougi-shikai.gifhttps://memories-in-time.net/wp-content/uploads/2014/12/sougi-shikai-300x300.gifMarikoおくりびと日記(葬儀専門司会者の思い)
私の仕事は、葬儀専門の司会です。 おくりびとをしていて、時に、心洗われる式があります。 先日は、複雑な家庭事情のある故人さん。70代で亡くなり、少ない人数の家族葬でした。 死別された前妻の子供さん達とお孫さん達。そして、今の奥さんと、そのお子さん。 皆さん静かに、和やかに、故人さんを一緒に囲んで。 お孫さんの一人が、おじいちゃんへの手紙を読みました。お手紙を入れたいというご希望を遺族さんとの打ち合わせで聞き、よければ読みませんか、と提案したら、最初は恥ずかしがっていたけど、一人の小3位の女の子が読むことに(私は、無理のない程度でですが、できるだけ子供さんには拝読をお勧めしています)。 式辞のどこでそれを入れるか思案し、家族葬なので式半ばではなく、棺の蓋を開けてお別れの手前で、おじいちゃんに向かってスタンドマイクを立てました。 心のこもったお手紙を、背筋をピンと伸ばして立派に読んだお孫さん。皆さん目を細めてましたが、一番誇らしく思い喜ばれたのはきっと故人さんでしょう。 この仕事をしていると、時に、いがみ合っている家族の様子を目の当たりにしたり、揉めている場面にも遭遇します。 例えば、兄弟で意見が激しく食い違う、頼りないと喪主さんを兄弟が責める、子供がお母さんを黙らせる、田舎の親戚がやたら口を出してくる、血縁関係の複雑な確執、生々しいお金の話、etc...。内容はさまざま... 一度など、お母さんの式で若い兄弟が揉めて喧嘩、喪主である長男さんが通夜前にプイとどこかに行ってしまい、結局次男さんが代理をつとめ、長男さんは葬儀にもお別れにも顔を見せなかったこともありました。 身内が亡くなり、ただでさえ非常事態。動揺もし、普段我慢していた感情が噴出するのかもしれない。でも、やっぱりお別れの時は、故人さんとちゃんと向き合って欲しいといつも思います。 つまるところ『この様子を見て故人さんが果たして喜びますか?』『安心して旅立てますか?』ということです。色々な事情や背景はもちろんあるでしょう。『他人のあなたに何がわかるか』と言われようとも(言われた事はありませんが)、私の仕事は、ちゃんとお別れをして頂くこと。お別れは一度きり。できるだけ後悔のないように、厳粛な気持ちでやはり送ってほしいと望んでいます。そのために、お手伝いしたいのです。 先日の式では、数人の小学生のお孫さんみんな行儀よく、きちんとされ、おじいちゃんとのお別れをちゃんとしていました。みんな素直で綺麗な瞳の子供たちで、その子供さんの親御さんもやっぱりきちんとした方で、だからその親である故人さんも、きっとやはりきちんとされた方だったんだろうなぁと想像しました。 物静かな、奥さんである喪主さんも、後妻として少しなんとなく遠慮がちにされるも、皆さん気持ちひとつに、心をこめて送られました。 いよいよ最期は、皆さんに『言葉をかけて差し上げて下さい』と呼びかけましたら、次男さんがスッと歩み寄り、大きな日に焼けた手のひらでお父さんの顔を包み込み、長い間、みつめながら、さすりながら、何度も言葉をかけていました。 『もう何も心配せんでええで。後のことは任せてな。心配やろけど...。ほんまに、お疲れさま、ありがとう』 傍でそれを見守りながら、あぁ、なんて幸せなお父さんだろう...と、胸震えました。 人は、やっぱり最期はお金や名誉やステイタスではない。 どれだけ周りの人を大切にしてきたか、どんな風に生きてきたか、それがストレートにあらわれる。 あらためてそう思いました。 心よりご冥福をお祈りします。合掌。 私の仕事は、お別れのお手伝いをしながら、このように感動を貰えるお仕事。素晴らしいです。 著者プロフィール Mariko(マリコ) 4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。