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私の仕事は、葬儀専門の司会です。

先日は、70代で急逝された男性の式でした。
お元気だったのに、自宅で急に倒れ、救急車が到着するまでご家族は懸命に救命措置をされましたが、もう目を開けることはなく、本当にあっという間の出来事…。
心疾患による突然のお別れでした。

奥さんでいらっしゃる喪主さんは『孫が保健体育の本を持ってきて、ほら、心臓マッサージと人工呼吸こうやって!と言うのでみんなでそれを見ながら必死にしました。習っていたけど、いざとなると慌てて咄嗟にできないものです。やっているうちに顔色が変わってきたから、ほら、きっと生き返るよ!と…。でも、ダメだったんです。そして、皆で代わる代わる必死で介抱した痕がアザで残ったため、念のための検死となり、病院からいったん警察へ…。今はこんな状況でも虐待が疑われるご時世なのか、と少し腑に落ちないまま見送り、そして主人は戻ってきました』

田舎で育ち、両親の病気と経済的な家庭事情で高校をあきらめて早くに職について、下の弟妹さんの為に食事を一日二回に減らしてでも仕送りを続けて親御さんを助けてきた責任感の強い、家族思いの故人さん。苦労されてきましたが、同じ職場で出逢われた奥様と結婚し、一人息子さんも家庭をもち、お孫さんも生まれ、晩年は穏やかに、5人仲良く暮らしていました。そんな穏やかないつもの日常に、突然のお別れがやってきて・・・

故人さんが目に入れても痛くないほど可愛がられていた孫娘さんが、打ち合わせの時も隣で泣きじゃくっていました。お話を聞くほどにご家族皆さんみるみる泣かれてしまい、ナレーションの為の取材とはいえ私も辛く、こんな時はいたたまれません。。。

持病のリューマチで痛い手でいつもお孫さんの自転車をピカピカに磨いて見送り、少しでも帰りが遅いと心配していた姿、家族が少しでも暑さをしのげるように日除けのゴーヤを育て、せっせとお世話をされる姿…。奥さんは結婚50年近い年月を振り返り『本当に幸せでした。みんなから優しいご主人ね、と羨ましがられましたから…。私が入院した時も洗濯物を取りに毎日見舞いにきてくれて、退院してからは、もし一人になっても家族の負担を減らしたいから料理教えてくれ、と言うので時々二人で楽しく料理するようになっていました』と。口数は多くないけれど、いつもニコニコと家族を見守り、お嫁さんのことも自分の娘のように大切にされていたそうです。

運命は時に残酷です。欠けがえのない家族を突然奪います。さよならも言えず、取り残される家族。

喪主さん、息子さん家族、皆さん涙ながらにお話して下さる中、下手な慰めの言葉など意味がないように思え、ただ私は、頷きながらお話を聞いて、何か分からない事や困っている事はないか伺いながら、きちんとお送りしてもらう為の進行のお手伝いと準備を、スタッフさん達と粛々と進めていきます。

深い悲しみの渦が式場に立ちこめる中、棺の蓋がいよいよ閉まる時…。
心を鬼にして、涙がこぼれないように、涙声にならないように、えい!と気合を入れていつものように告げました。
『いつまでもお名残は尽きませんが、皆様の合掌をもちましてご閉棺とさせていただきます。故人様への感謝の気持ちを込めて頂き、ご一同様、合掌』

仕事とはいえ、辛いです。
でも、これが私の仕事です。

ただただ、故人様の冥福をお祈りし、残された遺族さんにまた笑顔が戻る日を願うばかりです。合掌。

著者プロフィール Mariko(マリコ)

4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。

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Marikoおくりびと日記(葬儀専門司会者の思い)
私の仕事は、葬儀専門の司会です。 先日は、70代で急逝された男性の式でした。 お元気だったのに、自宅で急に倒れ、救急車が到着するまでご家族は懸命に救命措置をされましたが、もう目を開けることはなく、本当にあっという間の出来事...。 心疾患による突然のお別れでした。 奥さんでいらっしゃる喪主さんは『孫が保健体育の本を持ってきて、ほら、心臓マッサージと人工呼吸こうやって!と言うのでみんなでそれを見ながら必死にしました。習っていたけど、いざとなると慌てて咄嗟にできないものです。やっているうちに顔色が変わってきたから、ほら、きっと生き返るよ!と...。でも、ダメだったんです。そして、皆で代わる代わる必死で介抱した痕がアザで残ったため、念のための検死となり、病院からいったん警察へ...。今はこんな状況でも虐待が疑われるご時世なのか、と少し腑に落ちないまま見送り、そして主人は戻ってきました』 田舎で育ち、両親の病気と経済的な家庭事情で高校をあきらめて早くに職について、下の弟妹さんの為に食事を一日二回に減らしてでも仕送りを続けて親御さんを助けてきた責任感の強い、家族思いの故人さん。苦労されてきましたが、同じ職場で出逢われた奥様と結婚し、一人息子さんも家庭をもち、お孫さんも生まれ、晩年は穏やかに、5人仲良く暮らしていました。そんな穏やかないつもの日常に、突然のお別れがやってきて・・・ 故人さんが目に入れても痛くないほど可愛がられていた孫娘さんが、打ち合わせの時も隣で泣きじゃくっていました。お話を聞くほどにご家族皆さんみるみる泣かれてしまい、ナレーションの為の取材とはいえ私も辛く、こんな時はいたたまれません。。。 持病のリューマチで痛い手でいつもお孫さんの自転車をピカピカに磨いて見送り、少しでも帰りが遅いと心配していた姿、家族が少しでも暑さをしのげるように日除けのゴーヤを育て、せっせとお世話をされる姿...。奥さんは結婚50年近い年月を振り返り『本当に幸せでした。みんなから優しいご主人ね、と羨ましがられましたから...。私が入院した時も洗濯物を取りに毎日見舞いにきてくれて、退院してからは、もし一人になっても家族の負担を減らしたいから料理教えてくれ、と言うので時々二人で楽しく料理するようになっていました』と。口数は多くないけれど、いつもニコニコと家族を見守り、お嫁さんのことも自分の娘のように大切にされていたそうです。 運命は時に残酷です。欠けがえのない家族を突然奪います。さよならも言えず、取り残される家族。 喪主さん、息子さん家族、皆さん涙ながらにお話して下さる中、下手な慰めの言葉など意味がないように思え、ただ私は、頷きながらお話を聞いて、何か分からない事や困っている事はないか伺いながら、きちんとお送りしてもらう為の進行のお手伝いと準備を、スタッフさん達と粛々と進めていきます。 深い悲しみの渦が式場に立ちこめる中、棺の蓋がいよいよ閉まる時...。 心を鬼にして、涙がこぼれないように、涙声にならないように、えい!と気合を入れていつものように告げました。 『いつまでもお名残は尽きませんが、皆様の合掌をもちましてご閉棺とさせていただきます。故人様への感謝の気持ちを込めて頂き、ご一同様、合掌』 仕事とはいえ、辛いです。 でも、これが私の仕事です。 ただただ、故人様の冥福をお祈りし、残された遺族さんにまた笑顔が戻る日を願うばかりです。合掌。 著者プロフィール Mariko(マリコ) 4年前に38才で葬儀業界に崖っぷち転職したシングルマザー。天職に出逢えた事に喜びを感じつつ、ますます葬儀司会の仕事にハマる。日々マイクを片手に、色んな思いを胸にお別れのお手伝いをしています。